甦るSMグラビアアイドルFile NO.14
和田さなえ
【別名】浅野真弓、本田ひとみ
「浅野真弓」はSMマニアに登場したときの名前。彼女はいくつかビニ本にも登場しており、そのときの名前は和田さなえだった。したがい、和田さなえのほうが有名な名前であり、「禁断の扉」「マンボウ資料館」でも和田さなえの名前が使用されている。
なお、SMマニアでの浅野真弓の紹介文は「身長162 サイズ82-59-83。男性経験が少なくアクメを知らない彼女は開脚縛りで、秘唇を赤らめ、透明な愛液をにじませていた」。ビデオがない頃のSMグラビアは文章も大事だった。
【活躍時期】昭和59年(1984年)
【グラビア】
(SMマニア)「裏の快楽園」、「純情禁区」、「美少女の夏」(モノクロ)
(SMセレクト)「少女狩り」(セレクト84年4月号)、「苛められっ娘」(『秘蔵版SM写真集・第17集』)、「あなる令嬢」(『被虐隷嬢』(ミリオンムック:93/9/10))、「痺虐を知る頃」
(SMファン)「犯された白衣」
登場したSMグラビアのタイトルだけ見ると、相当数ある。しかし、撮影されたのはSMセレクト、SMマニア、SMファンでそれぞれ1本の計3本のみ。
【ビデオ】
「ミス本番18歳 本田ひとみ」「セーラー服と一晩中」
どちらも宇宙企画の美少女モノ。「セーラー服と一晩中」というタイトルは秀逸と思うが、この中では和田さなえが手錠を後ろ手でかけられるシーンがあるとのこと(楓貢さんからの情報)
【映画】出演作品なし。
【コメント】
上記の通り、和田さなえがSMグラビアとして撮影されたのは3回のみ。しかし、SMセレクト、SMマニアとも、SMグラビア史上まれに見る傑作グラビアであり、非常に印象的なモデルとして、SMマニアの心をつかんだ。
芸能界のアイドルと見間違えるほどの器量、上品なスタイルを持つが、両誌のグラビアでは、激しい責めを受けている。初出は昭和59年のSMマニアポケット版だが、裏表紙の写真はまるでアイドル写真であり、クリップ責め、浣腸、剃毛への股縄など、責めと器量のアンバランスさに嗜虐心が刺激された。
彼女のグラビアをベストグラビアとしたBCさんは、以下の通り、SMマニアのグラビアを紹介されている。
「私の無人島グラビアは、やはりなんと言ってもこれにつきます。1984年。当時24才。今月はどんなグラビアかな、と何気なくひっくり返したSMマニアの裏表紙を見た瞬間、心臓が止まりました。(本当に)どこかのビルの屋上。初々しく片足を上げて可憐にポーズをとる、横顔が最高にキュートな美少女。胸元が広く開いたセーターの、ピンクの襟も目に鮮やかでした。一体この美少女が、どんな責めを受け、どんな辱めに耐えているのか・・・。際限なく膨らむ妄想で高まる胸を押さえつつ、本をレジに差し出しました。宅して、袋を破るのももどかしく開いたグラビアは期待通り、いや、期待以上でした!「なぜこんなことするの?」と訴えるかのような儚げな眼差し。しかしその眼差しも、徐々に裸に剥かれ、淫虐な責めを甘受するうちに、絶望から諦め、そして湧きあがる快感への戸惑いから陶酔へと微妙に変化していくかのようです」
【タイトル集】









(妄想)主演SMビデオ「美少女さなえ 禁断の調教」
「アイドルになりたいんだろう。なら、調教しないとね」。悪徳プロデューサーの魔の手がふくらみ始めたさなえの乳房にせまる。すべてのSMマニアに贈る問題作、ついに登場。
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